糖尿病や閉塞性動脈硬化症で足の血流が悪くなると、皮膚にできた傷が悪化してかいようになり、いつまでも治らないことがあります。
死んだ組織の除去や抗生物質などによる治療が行われますが、足を切断しなければならないことも多数にのぼります。
この難治性かいようの治療に岡山大病院はハエの幼虫のウジを使う伝統的な方法を導入し、近代医療をしのぐ大きな効果を上げています。
◇欧米では認知された治療
ウジを使う治療に取り組んでいるのは、岡山大学心臓血管外科の三井秀也医師。
今年三月以降、数人の患者に実施したところ、いずれも通常の治療法では足を切断するしかないような状態でしたが、傷が治って痛みも治まるなど経過は良好のようです。
糖尿病や高脂血症などの生活習慣病が進行すると、手足の末端部の血管がもろく硬くなり、しびれや痛み、冷え、歩きにくさなどを感じる閉塞性動脈硬化症を発症することがあります。
放っておくとやがて血管が完全に詰まり、手足の組織が壊死してしまいます。このような場合、現在の医療技術では、死んだ組織のみを選んで取り除くことは非常に難しいため、手足を切断するしか方法がありませんでした。
治療にウジを使うのは気持ち悪いという印象もありますが、「古くから行われており、欧米では既に認められた治療である」と三井医師は説明しています。
オーストラリアやアメリカの先住民の間では大昔から行われており、近代になってからは戦争で兵士がけがをした時、傷にウジがわいた方が早く治って命も助かることが知られていました。
二十世紀前半の欧米では実際にウジを治療に使う病院があり、論文が多数発表されたほか、医学の教科書に載るなど、ある程度確立した治療法だったようです。
その後、抗生物質が普及したためウジ治療は古い治療法としていったんは廃れました。
しかし、抗生物質が効かない耐性菌の出現に伴って再び脚光を浴び、1990年代に入って米医学者が糖尿病による壊疽について、ウジ治療が従来の方法よりも成績がいいと報告され。英国では安くて有益な方法としてかなり認知されているということです。
▽驚くほど回復
治療に使うのは日本にもいるヒロズキンバエというクロバエの一種の幼虫。治療用に無菌で育てたものをオーストラリアから輸入し、卵からかえって4~5日目のウジを使います。
三井医師らが最初にウジ治療を実施したのは糖尿病と腎不全を患う65歳の女性でした。足にできたかいようが悪化し、従来の治療法を続けても足の切断を避けられない状態になってました。
この女性のかいようの部分に数ミリ程度の大きさのウジを置いたところ、壊死した組織を食べて36時間後には1センチ程度に成長。うじが食べたかいよう部分は傷がきれいになり、一週間後には傷の外側の肉が寄ってかいようは驚くほど小さくなったということです。
ウジはサナギになる前に一週間程度で取り除きますが、この治療を3回繰り返すうちに肉が盛り上がってきて傷は治癒。
治療前は痛みがひどくて麻薬で抑えている状態でしたが、痛みもほとんどなくなり普通に歩けるようになりました。
▽悪影響、副作用なし
三井医師によると傷に置かれたウジは消化液を周囲に分泌し、壊死した組織だけを溶かして吸い込みます。
それだけでなく、抗菌タンパク質を周囲に出して殺菌したり、さまざまな因子を分泌して傷の治癒を促進したりする作用もあるようです。
現在は無菌ウジの輸入コストが高く、一回の治療に約30万円ほどかかるようです。しかし、特殊な器具などは必要ないため、無菌ウジを国内で供給できるようになれば治療費も安くできると期待されています。
三井医師は「ウジ治療の特徴は副作用がないことで、適用できない禁忌症例もありません。糖尿病や動脈硬化だけでなく、静脈性のかいようやじょう瘡、やけどなどにも広く応用できる可能性がある」と話しています。
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